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June 24 9ヵ月 3秒おととい、9か月になったまーちゃんが
昨日3秒自立しました!!!
ソファに片手つかまり立ちしてもう片方の手で
何か持ってかじっていたら
思わず夢中になって両手でかじってるものを
持ってしまったので
気がついたら立ってた・・・みたいな。
5月5日こどもの日。
父親に連れられてお邪魔した知り合いのお宅で
ネコちゃん2匹と遊んでいたら・・・・
胸がヒューヒュー音を立て始めたはーちゃん。
まぶたにちょんとしずくがついてるのかと思ったら
ぽちっと腫れていた。みるみる数が増えて
そのうちどんどんつながって・・・・
あっというまにものすごい顔に。
目を開けているのに何も見えないくらいはれ上がって
急いで救急病院へ連れて行ったら
おそらく重度の猫アレルギー。
もう少し受診が遅れたら
危なかったらしい。でした。
こわかった~~~~~~~
もう2度とはーちゃんは猫、触れません。
March 31 6ヶ月6ヶ月になった3月22日、下の歯二本発見!なので翌日から離乳食始めました! それから今日までの一週間の間によく笑うようになったり、おもちゃで遊んだり、おすわりもできちゃったり(*^_^*)それからちょっぴり人見知りも… 6ヶ月を境に寝ているだけの赤ちゃんからは卒業よ March 19 回転初めての寝返りから一週間、ようやく仰向けに戻るのも出来るようになりました!!うつ伏せのまま疲れてどうしようもなくて涙とよだれにまみれた日々に卒業です(^_^)v コロンコロンと回転して進むので、これからは危ないもの汚いもの、散らかさないようにはーちゃんと協力しなくっちゃ!! March 12 5カ月半いま!初めて寝返りに成功!横向き止まりの期間がかなり長かったけど今日は頑張りました♪次はまた仰向けに戻れるようにならなくちゃね!! はーちゃんの年少さんはあと3日でおしまいです。 April 12 入園!!ついに今週幼稚園生になりました
おめかししてすっかりおねえちゃんに見えるはーちゃんは
行動まで昨日とは違っていたりして
成長したなーと、感慨ひときわ深く眺める両親でありました。
まぁしかし、幼稚園に行ったら親の手から離れられず
不安でメソメソ、そうかと思えばみんなと全然違う方向いて
自分の世界にひたってしまうところは相変わらずですが・・・
入園式の翌日は始業式で子供たちだけでホールへ。
最後の最後、号泣してのた打ち回って必死に戻ってこようとするところを
先生に羽交い絞めにされて「隔離」されていきましたので
さすがの私も笑えねー・・・って感じで。
更に翌日はついに昇降口でバイバイ。
園につくまでは「がんばって泣かないからね!」
張り切っていたものの・・・
他の泣いてる子を見たらやっぱり悲しくなって
離れられず、ついに先生に捕まえられて教室へ。
のた打ち回るって程でもなかったからまあまあ安心して
幼稚園を後にしました。二時間後迎えに行くと
私の姿を見つけたら出てきちゃうかなーと思いきや
大きな声で何か叫んでる・・・
なに?聞こえない!とジェスチャーする私に何度も何度も
叫ぶうちに聞こえたのは
「たくさんがんばったよ!!!!!!」
そっかそっか。がんばったね。大丈夫そうね。
先生に呼ばれるまで席に座ってるように言われているみたいで
いい子に座ってる。
やればできるじゃぁ~ん。よかったよかtった。(^。^;)ホッ
帰り際少し園庭で遊んだら滑り台の下がおおきな水溜りになってるのに
気がつかずひとりスプラッシュマウンテンしたはーちゃんは
おもらししたみたいな変な歩き方で帰りました。
ジャージの日だったから良かったけど制服だったら怒ってたかも。
しかし・・・帰ってからの赤ちゃん返りがすごかった!
「抱っこ~」も「あ~あ~」って手を伸ばすし、抱っこするとバブバブ赤ちゃん語だし、
赤ちゃんのモノマネ上手いねぇ!って感心するくらい赤ちゃんになりきってました。
夜まで。
【空耳~】
ら~らんらん~(な~らんだ~)
ら~らんらん~(な~らんだ~)
私の黄色~(あかしろきいろ~)
そういえば今までこの子にチューリップの歌ちゃんと教えてなかったんだな。
March 14 いつの間にいつの間にか年も変わり、ひな祭りも終わり
春一番まで吹き抜けて
・・・気がつけばはーちゃんの入園式まで
一ヶ月を4週間を切っているではありませんか!!
万が一読んでくださっている方がいらっしゃれば
ご無沙汰いたしました。
去年もまぁいろいろあってばたばたしましたが
今年もいろいろありそうです。
というか、もう色々起きてます。
はぁ・・・・・・・
まぁそれはまの機会に書くとして。
今日は最近のはーちゃん語録を
書いておこうと思っています。
今夜お風呂で。
「伝えたいことはきちんと伝えることが出来れば
それでちゃんと伝わるからそれでいいのよねぇ・・・」
前後の脈略なしでよくわからないけど
深読みすれば深い!!
ある日の朝
「かかは二階で、もう一回もう一回って言うでしょ?
みっちゃんは下で(一階で)もう一回もう一回って言うのね。」
鼻を咬む時の・・・掛け声?
2ヶ月ほど前。
「おばあちゃんに手紙を書いたから読むね。
(もちろん字のような物が書いてあるだけ)
おばあちゃん
大好きなおじいちゃん、健吉さんが死んじゃってかわいそう。
・・・って書いてあるの。」
おばあちゃんはおお喜びで来る人来る人にその手紙のようなものを
見せては自慢げ。ある人がそれを見ながらはーちゃんに
「かわいそう・・・で?」と聞くとはーちゃんはまたその手紙のようなもを
手にとって
「かわいそう。でも、はーちゃんがいるから大丈夫だよ。・・・って
書いてある。」
またまたおばあちゃんは大喜び。
おばあちゃんの大事なお手紙として
今でも大事に引き出しの中。
一ヶ月前に、私たちと交代でこのうちに住むことになりあ^
帰ってきた叔母のみっちゃんが
「あ~またトースト焦がしちゃった!どうもこのトースター
いつも焼きすぎちゃうなぁ!」
そばで見ていたはーちゃんが
「じゃぁ、まだ焦げないかなーまだ焦げてないかなーって
ちゃんと見ていればいいじゃない。」
更に、夜帰ってきたととにそのいきさつを話し、
「・・・・ってみっちゃんに教えてあげたの。」
その通り、ごもっともです。
そして去年から引き続きはーちゃんのはまってる歌
小田和正「たしかなこと」(かな?明治生命のCMで流れてるやつ)
コブクロ「蕾」
伊藤由奈「Endless story」
バラード好きは変わっていません。。。。
December 16 生きていけない、とな。(^^;;;October 18 ハッピーバースデイかか!またまた誕生日がやってきました。毎年GWも夏休みも取れない夫が、10月16日の私の誕生日
かなりぎりぎりまで日程が決まらなかったけどなんとか記念日を入れた予定が組めてラッキイだった♪
10年近くぶりに海で泳いだし、ハッピイバースデイかか!ってはーちゃん歌ってくれたし、なんと言っても3日も家族だけで過ごせたし、天気には恵まれたし、よく笑った3日間でした。
沖縄は10月でも泳げるのね~。ガイドブックには10月はホテルのプールで泳ぎましょうって書いてあったけど、ぜんぜん海大丈夫だったよ。水暖かかったし、人もまばらだし、皮向けるほど暑くもないし、子供連れで一時間くらい水遊びするには最高~!
夜はお風呂のあと半袖で窓開けててちょうどいい温度。これまた久々に350cc缶一本飲んじゃった♪ベランダ開放して夫とはーちゃんの寝息をBGMに、気持ちよかった~~♡めちゃくちゃ贅沢な一夜でしたわ。
三十八歳、結婚八周年、さすが末広がりの八並びで幸せな記念日でした♪旦那様様ありがとうございました~♪
October 15 美ら海水族館はーちゃん念願の美ら海水族館へ行って来ました やっとやっと行かれたので そりゃあ大喜びしてくれて!!!見て~見て~ってガラスにへばりついて大きな声で叫び続けておりましたo(^-^)o イルカのショーも江ノ島水族館とはひと味違った演出で、イルカのジャンプも高さが更に高かったようなきがしました。その後公園内のエメラルドビーチでひと泳ぎ。二年ぶりの海水浴だったけど浮き輪を持って怖がることも無くどんどん泳ぐはーちゃんにたくましい成長を見たようで感慨ひとしおな母でした。波をザブンと浴びたあとペロッと唇を舐めたあと塩味に気がついての一言。 「あ…おいしいお水だ!」 沖縄――――!…って感じじゃ、まだないな~ 空港着いたらちょっと雨 ミストサウナにはいったみたいで傘をさすほどじゃないけど天気予報に反して雨でした。 一夜開けた窓からの眺めはピーカンじゃないけど晴れで過ごしやすい感じで~す はーちゃんは夜お家に帰りたい このベッドじゃ眠れない おばあちゃんが心配してるから帰ろう!とか言ってなかなか寝てくれなかったです October 09 そうだったのかぁ~!今日は一日抱っこ抱っこの日でした。
起きたら抱っこ
ご飯を食べるにも抱っこ
食べ終わったら抱っこ
トイレに行くにも抱っこ
トイレについても抱っこ(どうやっておしっこする気??)
チョッと遊んだら抱っこ
お風呂に入るのに脱衣所で抱っこ(脱げないっつーの)
頭洗うのも体洗うのも抱っこ
湯船に入っても抱っこ
お風呂から出る時一言
「かかは大きいねぇ!!かかははーちゃんを抱っこするために
お~きくなったんだよね。」
え?!、あ、そ、そうね・・・・
そうっだったのか・・・・・
身長167cmですがたしかにはーちゃん産んで10キロ横にも
大きくなりました。
あ、でもこの数ヶ月で7キロ落としたけど・・・・(まぁ余談ですが
September 19 弁当ばんざ~い \(^o^)/調子に乗った私は今夜もお弁当!
しかも夫も。
食器の洗い物お弁当箱二個と
残り物の盛り合わせした私のお皿一枚。
お弁当って素敵♡
はーちゃんも「またお弁当がいい!」と言っただけあって
またまた完食。
献立は二段式のお弁当箱に
ふりかけご飯
豚バラとワケギの生姜蜂蜜炒め
コーンと千切りジャガイモの炒め物
レタスとトマト
巨峰(一段全部)
下の写真は今日買ったお弁当グッズとふりかけ
小分けカップとアンパンマンのちびフォーク
小分けカップはたーくさんある中から
カラフルだけどシンプルなものを選びました。
ギザギサのアルミカップより経済的にエコかな、と。
あと見た目にぎやかになっていいかな、と。
ちびフォークは肉団子とかに刺しておけばかわいいし
食べやすい。プラスチックのピックはかわいいけど
危ないな、と使っていなかった私のとっては
これぞ!欲しかった発明!って感じで即買い。
これははーちゃんがキャラ選んだらアンパンマンに。
今日は一面巨峰の二段目に花を添えてくれました★
ふりかけは数日前にスーパーで。
レトロでかわいい袋とへんなネーミングに惹かれて。
まるみやの復刻版だそうっす。
そのままハムとチーズなんだけど
ふりかけ嫌いの娘も「もっとかけて!」の逸品です。
更に略すと チズ公 ・・・どうでしょう、丸美屋さん(冗談)
ちょもままんさんからのコメントをみて
あ!写真!・・・・すでに完食後。。。。
つぎ忘れなかったら撮ります・・・・・・・・・・・・・・
些細な喜びいろいろあったこの一年でしたが、先月の夫の通院、検査を無事乗り越えて
やっと落ち着いた普通の日々を送っております。
先月の夫の検査というのは、大腸にばい菌が入って腫れたために
腸がふさがれて何も食べられなくなる、と言う症状になったので、
一週間、ポカリスエットで過ごしたあとに
内視鏡検査でポリープなどがないか検査した、と言うもの。
41歳くらいになると、いろいろ内臓もくたびれてくるときだから
用心しないといけないんだけど
肉体労働だからどうしても仕事の途中で外で食べると
肉!揚げ物!みたいなものを選びがち。
そんな人が急に食欲ないとか言って3日くらいほとんど食べないんだから
大腸癌にでもなっていたら・・・と頭をよぎりましたが
なんでもなくて一安心。
そして日々、はーちゃんの自我との戦いですが
少し抱きしめてあげる余裕も出てきたせいか
ちょっと甘えることの気持ちよさを
今更ながら覚えてしまったはーちゃん。
しょーじきいってうざ!!!と思う(思ってしまう)ことが
すっごく多いのですが、ゆっくり抱きしめることが
自分にとっても癒される時間なんだと
今更ながら感じている母の私。。。。
この三年間、毎日毎日
「チョッと待ってて!」だったもんね。
三つ子の魂・・・というけどこの三年に
はーちゃんがおかれた環境、
感じたこと、
周りにいた親も含めた大人たち、
これからのはーちゃんの人生に
プラスに作用することを祈ります。
そんな私に些細な喜び。。。
チョッと前まで食の進まなかった
はーちゃんがこの頃ちょっと食べるように
なってきた。なので更に楽しく食べられるように!と
今日のお昼ご飯はお弁当箱に詰めてみました。
小さなお弁当箱に
かにかまぼこ入り卵焼き
コロッケの行列で有名な某生肉店の肉団子
エリンギのカレーソテー
ポテトサラダ(昨日残り)
トマト
鮭とゴマの混ぜご飯おにぎり(♡型海苔つき)
急に思いついたので、あり合わせのもので
時間にして10分程度で出来たお弁当だけど
かなりいい感じの出来!(写真撮ればよかった~)
いつもはご飯だよコールからぐずぐず2,30分は
無駄な時間のかかる子なのに
お弁当作ってあげるといったときから
台所で張り付いて
できたとたんに椅子に飛び乗った!!
蓋を開けると
「うわぁ~やったぁ!!何からたべよっかなぁぁぁ!!!」
いつもセリフがしらじらしい子だから
たいてい適当に「あらよかったね」くらいで
あしらってしまう私なのですが
小さい声で独り言のように感嘆の声を上げた娘に
迂闊にもうれし涙がちょちょ切れたのでした(ノ_・。)
やっぱり喜んでご飯を食べるというのは
(それが誰でも、だけど)
特に子供や夫であればなおのこと嬉しいものなのです。
来春からの幼稚園のお弁当の練習にもなるし
食べられる量やメニューの研究に
これから時々おうちでお弁当、続けてみようと思います♡
August 08 またひとつのさよなら2それにしても、あの一晩の空腹は辛かった!
帝王切開のときは手術の前の日から絶食って
わかってたし、覚悟してたけど
今回はいきなり「今から水もダメ」って
言われたんだから。
時間なくて病院行く車中で
コンビニサンドイッチ頬張ったのが
最後。あれ食べてなかったら
我慢できなかったかも~☆
夜中に退屈で、大阪に行っている母にメールしたら
「何も聞いてないけど、何なの?」って。
おいおい、今一番必要な人になんで連絡しないかなぁ?
父(`へ´)!!!!
しかもさぁ、急変したら命に関わるとか
言われてるのにさ、普通連絡するよなぁ・・・・
事情説明したら「明日一番の新幹線乗って帰るから!
心配しないで。お医者さんを信頼してがんばりなさい」
そういう母の一言が一番心強いのよね、そういう時。
翌日、午前中に母が約束どおり駆けつけてくれて
夫もはーちゃん連れて来てくれた。
空腹を紛らわすのはたわいも無いおしゃべり。
すぐに邪魔されたけど。
・・・・しばらくして登場した父は母が大阪土産で買ってきた
しょうがの香りがぷんぷんするごぼうのスナックを
私のベッドに座ってぼりぼり・・・・ぼりぼり・・・・・
はーちゃんいるから全く状況判断できてない。
嬉しそうに・・・・・(`へ´)
お菓子を勧められた夫もさすがに
「昨日から絶食してる人の前でかわいそう」って
食べないのに、全く気がつかないみたいでした。
チャンチャン
お昼からまた内診、血液採取と検査が続く。
この内診で赤ちゃんが見えなかったら
手術決定・・・・・祈り届かず。
それでも意外と大丈夫な私。
泣いちゃったりするのかなって思ってたけど
まだ姿見てなかったのが良かったのかな。
夕方6:30、麻酔が入ってたぶん三秒で
意識がなくなった私は二時間半後
すっかり手術が終わった処置室で目が覚めました。
あっという間に病室に戻って
薄ぼんやり見える夫の手の暖かかったこと!
夜九時すぎ。もう消灯時間すぎてる病室で
待っててくれた夫にとっては
私とは違う長い二時間半だっただろうな。
だんだん意識がちゃんとしてくると体がぶるぶる
震えだして寒い!夫が私の体が冷たいとか言って
看護婦さんに毛布をもらいに行ってくれた。
びっくりした~!半分朦朧としてたけど
寒くて寒くてまた意識が薄れてくかとおもった(O.O;)
良かった、体温高めの夫で。お風呂くらい暖かく
感じたもん。
夫によると取り出した左の卵管は
そら豆くらいに膨れていたそう。
その中に私達の赤ちゃんがいたのね。
病理検査に出されてもう会うことは
できないってわかって
ちょっぴり涙が出た。
でも、大丈夫。おじいちゃんが
喜んでるよ。二人目のひ孫が
着いて来てくれて~きっと
ずっとかわいがってくれてるよね~
って思ったから。
はーちゃんがね、周りの人に言うんだよ。
「かか、お腹痛くてボーイン(病院)行ったの。
それで赤ちゃん死んじゃったの!」って。
はーちゃんにとって「死んじゃった」イコール
「おじいちゃんみたいに」で「お空に帰った」
だから目の前にいないだけで
悲しいことじゃないんだよね。
言われた人はびっくりするけど
生きる死ぬって事は
はーちゃんくらい自然に
受け止められたら楽に
なれるんだろうな。
広島原爆の日の黙祷の映像を
テレビで見ていたはーちゃんが
「みんなもおじいちゃんが
おじいちゃんみたいに死んじゃった
んだね。だからお祈りしてるんだね」
どこまで理解してるかわからないけど
おじいちゃんや赤ちゃんが死んじゃったこと
そこにいたこと、はーちゃんはきっと
忘れないんじゃないかな。
そんなはーちゃんがいることで
さよならがさよならでなくなる気がします。
July 27 またひとつのさよなら1ちょうど一ヶ月前、子宮外妊娠で手術しました。
叔母がフィンランドへ帰って行った一ヶ月ほど前の
金曜日。それからたった2日後の夜。
シクシク・・・・お腹が痛み出した。
妊娠してるのは検査薬でわかっていたけど
病院へはおばあちゃんがデイケアに出かける
火曜日に行こうと思っていた。
でも日曜日の夜からお腹が痛くなって
はじめは便秘のときのような、ガスが溜まったときの
ような腸がキューってなる感じの痛みだったんだけど
どうもこれは腸じゃないな・・・子宮っぽいって直感で
翌日の月曜に婦人科のクリニックへ旦那につれて
行ってもらった。
内診で赤ちゃんが見えず、すぐに総合病院へ行くように
言われた。
子宮外妊娠だったりして・・・って直感があたっちゃった。
でもはっきりするまではあんまりがっかり
しないでおこうって思って
一回ウチに帰って急いでおばあちゃんのお昼を支度して
総合病院へ。
女医さんで
とても丁寧にあかちゃんを探してくれたけど
やっぱり見えず、血液検査の結果などを
踏まえて即入院。子供のことがあるから
いったんウチに帰りたいと言ったけど
「う・・・ん、それはだめですね・・・」
お腹の痛みはほとんどなく、
相変わらずガスが溜まったお腹を
押したときみたいな痛みがちょこっと
あるだけ。歩いたりするのは問題なくて
自分ではそんなに危機感を持っていなかった
んだけど、
「自覚症状が無くて、急に破裂するのが危ない
お母さんの命が危ないのよ」
と言われ、そのまま車椅子に乗せられ
病室へ。
はーちゃんはどうなるの?
私もなんの準備もなくてどうすんの?
旦那がとにかく両親へ電話だって
私の実家へ電話したけど
なんと母は仕事で大阪行ってるって!!
うわぁ・・・・最悪だぁ。
おばあちゃんは父に任せるとして
はーちゃんの世話は父には無理。
母でないと・・・。。
急に病院の寝巻きに着替えさせられて
ベッドに寝かされた私を心配そうに
見てるはーちゃん。
うわぁ・・・こんな風にバイバイして
しばらく夜も一緒に居てあげられないの
なんて初めてだな。だいじょうぶかなぁ。
私も夫もはーちゃんは友達のうちに
預けてみようって同じ事考えてて
入院が決まってすぐに電話したら
OKしてくれたんだけど
なんとかばぁばが帰ってくるまで
いい子にしてて!!!と
祈る気持ちでバイバイした。
いまいち状況がわからないはーちゃんは
お友達のうちに行くって
楽しそうに病室から出て行った。
それからの私は
明日の手術に向けて絶食。
でもこの時点では
「もし手術になったら」っていう
風に言われてた。明日もう一度検査して
もしかしたら見えるかもしれないって
可能性が無いわけでもない
・・・・限りなくゼロに近いけど
ゼロじゃない・・・・
けど、手術の準備で水分補給の点滴のみ
期待していいのか、覚悟した方が良いのか
明日は晴れか土砂降りか・・・・
夜、はーちゃんを友達のウチに連れて行く
って連絡が入って
もって行ってもらうものをいろいろ指示。
足りないものは途中で買ってと頼んだ
・・・・にもかかわらず
「買うの忘れた。」とかメールしてくるし。
忘れたじゃすまないのに!!
ところがすぐに友達からメール。
「だめだ!急に部屋の隅っこに行って
号泣して動かない!おまけに
おもらししちゃったし!!」
って。電話でなんとか落ち着かそうと
したけど、あんな悲しそうな号泣初めて
聞いて涙出ちゃった。。
かわいそうなことになっちゃたなぁ””””
急いで夫は引き返してはーちゃんを
うちに連れて帰ってくれた。
その夜は夫が仕事だったから
絶望的。
父がおばあちゃんの世話しに泊まりに
来てたので最後の手段で預けることに。
ところが案の定父じゃダメで
夫が父にはーちゃんを渡そうとしたら
イヤだってしがみついて離れなかったって。
結局一人で誰も居ない二階に上がっちゃって
初めて一人でベッドに寝たそう・・・
慣れない人と一緒より自分のベッドの方が
やっぱり落ち着いたのかな。
ただ泣きつかれて眠ったのかな。
未だに突然ぴぇぇぇぇ~んって悲しそうに
泣いて抱きついてきて「はーちゃん、さびしかった・・・
かかがお腹痛くて病院行ったから
はーちゃん一人ぼっちでさびしかったの・・・」
「もう痛いの治った?また病院行かない?」
本当に悲しいとかさびしいって気持ち
にさせてしまったんだな・・・かわいそうに
早く忘れさせてあげたいな・・・
入院一日目の夜は
空腹に耐えながら
赤ちゃん・・・生きているのなら
明日姿を見せて。ちゃんと見せてくれないと
明日さよならになっちゃうんだよ!!
はーちゃん、泣かないで朝までちゃんと
眠ってね・・・・
それからばぁば!一刻も早く帰って
はーちゃんのところに行ってあげて!
と、いろいろなことを願いながら
ただ寝ていることしか出来ずにいつの間にか
眠ったのでした。
July 23 感謝する4月24日におじいちゃんが逝ってから早や3ヵ月。
亡くなってすぐは実感は無いものの、思い出すのはおじいちゃんの
肌の触感とか下の世話したときの臭いとか生活の中の
感覚で覚えていることばかりだった。
自分の身体が言うことを聞かなくてイライラするもんだから
おばあちゃんや私に当たってきてほんとに腹が立つことも
いっぱいあったはずだし、もちろん楽しい話やためになる話も
山ほどしてくれたんだけど・・・おじいちゃんが少し微笑む写真を
見ていると、手のひらや目や鼻の奥に感触がよみがえってきた。
そして自然にわきあがった気持ちは、感謝。
生まれて初めて味わったかもしれない、自然にわきあがる
感謝と言う実感。
あ~感謝ってこういう気持ちのことなんだ・・・・
良くやってくれた、とかがんばったね、とかよく言われるけど
(自分でもそう思ってたけど・・・(^^;;; )
そうじゃなかった。私にやらせてもらってありがとう。
他の誰でもない私にその役目が回ってきたことに
感謝します。
それから、「感謝する」って言うことを教えてくれて
ありがとう。もしかしたら最初で最後かも、こんな気持ち。
一ヶ月前にフィンランドへ帰って行った叔母が、
フィンランド人の叔父に、
「母が生きてる間、日本に帰って母の世話を出来ないか」って
相談したら、私たち家族のことも心配してくれていた
叔父は二つ返事で「行こう!あすにでも!」
と言ったんだって。
それから、周りの友達にその話をしたら
「おめでとう!是非行ってらっしゃい。」と
喜んでくれたんだって。
なるべくなら厄介ごとからは離れていたいと思う日本人
(少なくとも私の周りの)
からしたら天と地ほども差がある考え方!
役に立つことが、求められていることがあるのなら
それはおめでたいこと!
地球の裏側だって飛んでいく!
そんな人ばっかりだったら地球は平和になるよ。
平和すぎて溶けるかも~
でもね、私は実感したから。臭い疲れる心がすさむ・・・
そんな年寄りの世話っていうコトをやった後に
3ヵ月経ってもまだまだ湧き出てくる
「感謝」っていう感覚を。
独り占めしちゃいけない・・・
代わる人がいるなら代わった方がいい。
意地を張ってここにいるより、私には
今まで二の次にしてきた自分の家族
のために生きるって場所もあるのだから。
(ここのところについてはまた次回)
おじいちゃんが言ってた事は本当だった。
「お前には必ずいつかすっごいご褒美があるよ」
確かにすっごいご褒美いただきました。
おじいちゃんからかな?
神様からかな?
ありがとうございました。
June 15 おじいちゃんが帰って来る・・・?おじいちゃんの納骨も無事終わり、大きな祭壇を片付けた一階の部屋は二ヶ月ぶりにいつもの普通の部屋に戻りました。
納骨の日は、前の日から早朝まで結構雨が降って
日中は降るかどうか微妙な感じではあったけど
お寺へ向かう道中は、暑くも無く寒くも無くの
程よい天気でした。
ところが四十九日の法要の読経が終わるころに
突然振り出し、一番最後の一音にどんぴしゃのタイミングで
ガラガラガラバババーーーーン!!!
とものすごい雷が鳴って土砂降り、真っ暗になりました。
おじいちゃんの演出か?
まだお墓に入りたくないのか、それとも別れを惜しんでいるのか。
五分ほど待っていると次第に雨足が弱くなって
「もういいよ」といういつものおじいちゃんの声が聞こえたような気が
しました。
お墓へ行って無事に納骨の儀が終わり座敷へ戻ると
またまた暗くなって土砂降りに。
お清めのお食事をしている間中、これで終わって帰る私たちを
引き止めるように降っていた雨も、一段落したところで
また「もういいよ」というように雨が上がりました。
寂しがり屋で引き止めるけど、別れ際はあっさり
しつこいのは嫌いな明治生まれの江戸っ子らしく
さっぱりと、みんなが悲しまないような別れを
演出してくれたように思えました。
それから数日たった今夜。
お風呂から上がった脱衣所で
私が身支度をしている間、
ナルシストのはーちゃんは
バスタオルをドレスのように巻いた姿を
洗濯機の丸い窓に映して
歌い踊っていた(これは毎日のこと)
その歌が
「♪○○○○~(私の旧姓)
○○○○~」
なぁにその歌・・・・
ところがその次が
「♪○○○○~○○○○~
○○○○△△△△~帰って来る~~~」
「△△△△」はおじいちゃんの名前。
要するにおじいちゃんのフルネームを
歌にして歌っていたってことなんだけど
画家だったおじいちゃんは普段の生活でも
雅号を使っていて、私はかなり大きくなるまで本名が
あることすら知らなかった。本名は役所の書類くらい
にしか使ってなくて、葬儀も雅号で出したし
、戒名にだって本名からでなく雅号から
漢字をとって入れたくらいなのに
どこで聞いて覚えたの?????
自分や私、夫の名前だって
下の名前でしか答えないのに。。。
摩訶不思議。
摩訶不思議と言えば、先日某大臣がなくなったニュース
の映像で棺が黒い霊柩車に乗せられるシーンが
映ったときのこと。
「これ、カソウバにいくのね。黒い車におばあちゃんと乗ってね」
・・・え、いま火葬場って言ったの?
と三回くらい聞いちゃった。
「うん、しょう(うん、そう)。火葬場にいくのね、これ。」
驚いてる私を「不思議~っ」て顔して
平然と言われちゃった(^_^;)
だけど、「これから火葬場に行く」なんて
限られた人しか言わないよなー
それに、最近暑い日が続いて半袖を着るように
なったら私の手首につけてる数珠を見つけて
「あ、これ。こうやって手にはめて・・・ガッショーってするのね」
・・・・いま、合掌っておっしゃいました?
うん、しょう(うん、そう)。ガッショーってしたんだよね」
ご住職が読経の合間に言うのと、皆が手を合わせるのを
観察していたのね~。
でもさ、子供の記憶ってどのくらい持つんだろう。
あっという間に忘れることも多いのに
よっぽど印象に残ったのかな。
大叔母さん告別式、四十九日、
おじいちゃんのお通夜から四十九日と
みんなも自分も黒い服を着ていく日っていうのが
なんとなく分かったみたいで
四十九日に来たはーちゃんの黒い服を
洗濯して干していたら
「それはおじいちゃんに会いにいく日に
着る服ね」だって。
「いつもその日自分が着たい服」って言うのが
かなり強くなってきた今日この頃だけど
上から下まで黒い服を着せられるのは
一回も嫌がらなかったんだよね。
これも、不思議。
普段はウルトラ自我のはーちゃんなのに
なんとなくそんな気持ちになるもんなのかな。
彼女にとってはいい経験だったのかも。
May 17 もう五月も半分すぎた・・・毎日大したこともしてないのにあっという間に一日が過ぎちゃって・・・いつの間にかもう五月も半分過ぎてるし(´ヘ`;)ハァ・・・まいるな。
おじいちゃんが亡くなって、翌朝フィンランドから叔母がまた舞い戻ってきて、更にその夜、叔母の旦那様が出張先のタイからやってきて、とにかく忙しくて悲しむ暇もなく、お葬式が終わった翌朝からはお香典返し、お墓、仏壇などなどのセールスの訪問&電話攻撃がはじまり、ぽつぽつお参りに来てくださるお客さんもあったり・・・
はーちゃんは興奮状態、おばあちゃんはさすがに疲労が溜まってるし、私と叔母はそんな二人に気を使いながら用事をこなす・・・特に外国で夫婦二人の暮らしが長い叔母にとって、実家とはいえ、老人と幼児の予期せぬ行動に振り回されながらの生活のストレスは・・・簡単に想像できるわけで。おまけに叔母はアレルギーや喘息の発作も出てきちゃうし。気がつけば世間はGW。少し落ち着こう、と言うことで私も叔母も考え付いたのは「おばあちゃんとはーちゃんの隔離」
すでに始まったGWだから方法は私がはーちゃんを連れて実家に帰る、のみ。
と言うわけで急遽実家に3泊もしてきました。
せっかくだから夜、はーちゃんを両親に預けて旦那とふたりでボーリング行ったり、映画館に行ったり。
5/4は去年のはーちゃんのバースデイに行ったショーパブの「お子様デイ」に
もちろんはーちゃんも一緒に行ってきました。
ちょっとスピーカーに近い席で音が大きすぎたのか
両手で耳をひさぎながらもお尻フリフリでノリノリのはーちゃんでした。
おひねりも積極的にあげちゃったりして!
ショーの中でかかった小田和正の歌が気に入ったらしく
翌朝、ご飯食べながら「♪そーらーをーみーてぇ~
かんがえ~てた~ほんとおーにきみをーまーもれーるかぁ~~」
今でも続いています。ときどき壊れたレコードのように
「かんがえぇぇぇてた~かんがえぇぇぇてた~かんがえぇぇぇてた~」
ってなってたりするけど(^_^;)
でもやっぱり4日も家を空けると帰ってからは部屋が地獄。
私が実家に行ってる間、夫は一人通常の仕事の日々だったので
食べたお弁当、ペットボトルの残骸、脱ぎ散らかした服。
ばら撒いた書類・・・・
その中で久しぶりに自分のおもちゃを出しまくって遊ぶはーちゃん・・・
その日は気絶しそうになってそのまま放置して寝ちゃったけど
朝起きて・・・ああ・・・のんびりモードから切り替えて片付け・・・・
・・・・できなぁ~~~い( ̄□ ̄;)
なかなかもとの生活に戻れずにいると今度ははーちゃん発熱。
いきなり39.4度まであがって2日で平熱に。
ところが一日開けて今度は鼻水、くしゃみ、咳。
はーちゃんが風邪ひくと、何が大変て、おばあちゃんに近づけられないこと。
一日くっついて遊んでいないとすぐに下に降りて行っちゃうから。
熱はないけど鼻水がすごくてなかなか治らない・・・で、今朝起きたら
私の頭が重い・・・ああ~ついにやっちゃった。伝染ったわ。
どうやら叔母も頭が重くて風邪っぽいって。
外は梅雨までのつかの間、いい季節なのに遊びに行かれないなんて。
叔母がいるからはーちゃんと外に行くのも行きやすいと思っていたのに。
こんな風にうだうだしてるうちに今月も終わっちゃいそうだ~。
来週税理士が来るまでに書類まとめなくちゃいけないし
20日はおじいちゃんの、30日は夫の誕生日だし
とにかく風邪治してはりきらなくちゃいけないのだ!!!
【はーちゃんのおトイレ】
起きてる時間はばっちりだいじょうぶ。
お昼寝のときは8割だいじょうぶ
夜は・・・2割くらい?だいじょうぶ。一週間に一回くらいは
「おしっこ・・・」って寝ぼけて起きて来てトイレに行く。
トイレにも行かずに朝までオムツが濡れないことは
今までに3回。朝起きて自分からすぐにトイレ行くこともあるけど
大抵は「おしっこオムツの中にしてるとこ~」と
実況(分かってるならトイレ行け!)。
パンツにおもらしは気持ち悪いけど、オムツの中なら気持ち悪くないらしい・・・。
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